創業者 高野よしてる
私の父である高野義輝は、タカノフォト(現PHOTO TAKANO STUDIO+)を創業する以前、漫画家をしておりました。
出版社に勤めていた頃、挿絵や漫画を描いてみたところ、ファンレターが届くほどの反響があり、晴れて念願の「漫画家 高野よしてる」としてデビューを果たしました。
人物や背景の描写、デッサンが得意だった父は、月刊・週刊の漫画雑誌で多くの漫画を描かせていただきました。
少年マガジン、ぼくら、少年画報など、月に15本もの連載をいただいておりました。
「ホクロちゃん」「木刀くん」「黒帯くん」など、数々のヒット作を生み出し、少年マガジンの創刊号では 「13号発進せよ」が巻頭ページを飾りました。
1970年に断筆となりましたにも関わらず、ファンの方々に支えられ、2008年に亡くなりました今でも、多くの方に愛され続けております。数多くの作品がリバイバルになり出版されております。今後も高野よしてるに関します企画が多くございますので、皆様にお知らせできればと思っております。
写真:高野よしてる作品と「13号発信せよ」フィギュア

現在も発売されている復刻版
【13号発信せよ】シリーズ
- 写真左・中
- 単行本上下巻
- 写真右
- フィギュア
- 発売元:
- バンローリング社
ネットショッピングはこちら
週刊少年サンデー・週刊少年マガジン 50周年パーティーに高野よしてる代理で出席しました
主な作品:
- ホクロちゃん(光文社「少女」1951年7月号~1955年1月号)
- 赤ん坊帝国(少年画報社「少年画報」1952年6月号~1953年9月号)
- 地球をころがす少年(秋田書店「冒険王」1954年1月号~6月号)
- 木刀くん(「冒険王」54年7月号~58年頃)
- 黒帯くん(集英社「おもしろブック」1956年1月号~不詳)
- 13号発進せよ(講談社「週刊少年マガジン」1959年3月17日号(創刊号)~1960年(20号))
- 東京ターザン(「日の丸」1960年1月号~9月号)
- 鉄腕キング(秋田書店「冒険王」1960年1月号~4月号)
- うなれ鉄拳(「中学生の友二年」1960年4月号~8月号)
- 悪魔の発明(原作:ジュール・ベルヌ、小学館「小学六年生」1960年夏休増刊号付録)
- 雨にさく花(講談社「なかよし」1960年夏休み増刊号)
- 俺はやるぞ(小学館「週刊少年サンデー」1965年 2号~ 16号)
- ニチボー・バレーチーム物語(小学館「小学六年生」1965年6月号7月号)
- 小野香選手物語 涙の大車輪(小学館「小学六年生」1965年11月号付録)
- 一万三千人の容疑者(小学館「小学六年生」1967年1月号~ 2月号)
- 死者からの手紙(原作:柳柊二、小学館「小学六年生」1967年4月号)
- あらしの夜行列車(小学館「小学六年生」1967年5月号6月号)
- 秘密指令Q9(小学館「小学六年生」1967年9月号10月号)
高野よしてる写真・直筆サイン
13号発信せよ
黒帯くん
木刀くん
左より 高野 よしてる、手塚 治虫氏、
山根 一二三氏、夢野 凡天氏
NHKの生放送
画面左:高野よしてる
「木刀くん」「ホクロちゃん」原稿
漫画家の経営する写真店
1970年に断筆しました父は、株式会社タカノを創業し、東京都目黒区祐天寺に写真店「タカノフォト」をオープンしました。
漫画家として成功した父も、180度違う世界のカメラ屋の経営者としては不慣れなことが多く、専門用語を連発するお客様にドギマギしたことも。
これまで「高野先生」と呼ばれていたのに、カメラ屋では「オヤジいる?」とお客様に声をかけられ戸惑ったそうです。
また、レンズの前につけるフィルターメーカーの「ケンコーフィルター」の営業マンには、「僕は健康なので必要ないよ」と断ったりして・・・健康保険の営業だと思ったそうです。そんな父を早く手伝おうと、私も学校を卒業するとすぐに父の店で仕事を始めました。
父の近くで仕事することは、写真を扱う仕事として学ぶことが多く、改めて父の美的センスやクリエイティブな発想に触れ、現在も影響を受け続けております。タカノフォトは1972年に「カメラのタカノ」となり、1995年には私の手に引き継がれ、「写真のタカノ」となりました。
写真上:1970年 創業当時のタカノフォート
写真中:1973年 年末大売出しの様子
写真下:1984年 新装オープン開店式



PHOTO TAKANO STUDIO+ へ
2010年7月、「写真のタカノ」は「PHOTO TAKANO STUDIO+」となり、新しく生まれ変わりました。
父の作った写真店を進化させるとともに、父から受け継いだ技術とセンスをお客様にご提供いたします。
ご家族やお子様の記念写真など、PHOTO TAKANO STUDIO+でお撮りいただければ、きっと違いがわかっていただけることでしょう。
また、オリジナル商品の開発にも力を入れており、ポラプリントやマルプリント、あなあきプリントといったおもしろいプリントが続々とPHOTO TAKANO STUDIO+の商品として生まれました。
これもすべて、父の発想力の血が私に引き継がれた証であると思います。
PHOTO TAKANO STUDIO+はこれからも、他にはない写真店としてアイディアを形にしてまいります。
父の代からご利用いただいておりますお客様も、ご利用いただいて間もないお客様も、新しくなったPHOTO TAKANO STUDIO+をよろしくお願いいたします。
写真:株式会社タカノ 代表取締役 高野 徹也








